最愛の
ちちち、となく鳥の鳴き声が朝がきたことを知らせた。
けど、暖かい布団に包まれているのが心地よくて、とりあえず上半身だけ起こす。
ふと窓の外を見ると、先ほど鳴いていた鳥だろうか。2羽、向かいの柵に止まって互いに仲良く囀りあっているのが見えた。
朝の日差しを浴びて、とても気持ちよさそう。
その微笑ましい光景に見とれていると、がちゃ、と部屋のドアが開いた音と同時に鳥は羽ばたいて飛び立っていってしまった。ドアに目をやるとそこに母の姿があった。
「ガル、もう起きていたのね」
母は微笑むと僕に近づいて優しく頭を撫でた。
温かい、陽だまりのような手。僕の大好きな手。
僕の母はいつでも僕を癒してくれる。
母が撫でてくれるだけで嫌なことは全て忘れてしまえた。
それに母はとても優しい。
僕が高熱が出て寝込んでいた時も、熱が下がるまでつきっきりで看病してくれていたし、僕が新しい技を覚えたいと言った時もずっと練習につきあってくれていた。
そんな優しい母が愛しくてたまらなかった。
「今から朝ご飯作るからね」
「母さん」
朝ごはんを作ろうと部屋から出ようとした母をとっさに引き止めると、母は美しい黒髪をなびかせながら振り向いた。
「鳥が、いたんだ。2羽、仲良さそうな鳥」
ほんの些細なことだけど、母と会話がしたかった。
母は「そう」と微笑みながら頷いた。
そしてまた僕に近づいて今度は僕の視線に合わせてしゃがみ、僕の手を優しく包んだ。
「でも外には絶対に出ちゃだめだからね」
一瞬にして母の顔が獲物を捕らえる獣のようになり、身の毛が逆立った。
そこには先ほどの優しく穏やかな母の面影はなく、重々しい目で見つめられ、言葉が出なかった。
布団をかけているはずなのにとても空気が冷たくなった気がした。
この話をしたかった訳ではないのに。
ただ、母と他愛もない会話がしたかっただけなのに。
「じゃあ作ってくるから、できるまで待っててね」
そう言った母の顔はいつもの優しい母の顔へと戻っていた。
母が部屋から出るのを確認すると、朝ご飯ができるまで布団の中であったまっておこうと思い、布団を頭までかぶった。
でもそれは母を怒らせた罪悪感となって僕に押し寄せてきた。
「外は危険だから、絶対出ちゃだめよ。」
初めてそう言われたのはつい最近のこと。
小さい頃は無垢で何も知らなかったし、父と母と共に暮らしてることが何より幸せだったから、外に出ようとも思わなかった。
でも物心つくと、外の世界がどんなものかが気になり始めた。
父が外に出るとき「いってきます」を言う。
今までは「いってらっしゃい」って言う側だったから、「いってきます」も言ってみたかったし、この前絵本で見た金銀財宝が眠ってる洞窟っていうのも外に出て探してみたかった。
しかし、それを母に伝えると母の顔は一変し、慌てた様子でよろめきながらも僕の肩にすがりつきながら、母とは思えない野太い声で「何を考えてるの」と言った。
震える母の手が肩から伝わり、その震えた指は爪の先から肩の肉に食い込んでとても痛かったのを覚えている。
そんな母を目の当たりにして僕の外に出たいという好奇心は母を悲しませたくないという思いに上書きされて、ずっと抱いてきた思いは一瞬にしてかき消された。
だから今も外に出たいとも思わないし、「いってきます」も別に言いたくもなくなった。
だってそれ以上に母が愛しいから。
母を悲しませたくないから。
それをずっと身にしめてきたのに、何気ない言葉が、僕の愚かな選択がまた母に辛い顔をさせてしまった。と思うと心が締め付けられるようだった。
「ガル、朝ご飯できたわよ」
ドアが開く音に気づかなくて、突然の母の声に我に返った。
急いで布団から出て母の顔を見ると、優しく微笑むと母の姿があり安堵した。
もう外に出ようとは思わない。迷惑も一切かけないと誓った。
僕は母を愛しているのだから。
ガルさんの幼少期のお話。まだまだ続きそうです\(^^)/
この時点でかなりボキャ貧だけど、最後まで頑張ります;;;;